大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(う)438号 判決

控訴人 被告人

被告人 和泉光治

弁護人 中村鉄五郎 外一名

検察官 富田孝三

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中村鉄五郎作成名義の控訴趣意書、および弁護人江尻平八郎作成名義の補充陳述書にそれぞれ記載されたとおりであるから、ここにこれらを引用する。

所論は量刑不当の主張であるが、所論に対する判断に先だち職権をもつて原判決の法令の適用の当否を検討すると、原判決は、その認定にかかる被告人の酒酔い運転の罪と、免許証不携帯の罪との関係を刑法五四条一項前段の観念的競合ではなく、併合罪であるとして処断している。しかしながら、刑法五四条一項前段にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ、構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいうと解すべきところ(最高裁判所昭和四九年五月二九日昭和四六年(あ)第一、五九〇号大法廷判決、刑集二八巻四号一五一頁参照)、これを本件事案についてみると、被告人が同一の日時場所において、運転免許証を携帯せず、かつ、酒に酔つた状態で自動車を運転したことは、前記の自然的観察のもとで社会的見解上一個のものと評価すべきであつて、それが道路交通法六五条一項、一一七条の二第一号および同法九五条一項、一二一条一項一〇号の各罪に同時に該当するものであるから、右両罪は刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にあると解するのが相当である。したがつてこれを併合罪として処断した原判決には、法令適用の誤りがあつて、右の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点で破棄を免れない。

そこで、所論に対する判断は後に自判する際に譲り、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により、原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従い、当裁判所においてさらに自ら判決する。

原判決の確定した事実に法令を適用すると被告人の本件所為中、速度違反の点は、道路交通法二二条一項、四条一項、一一八条一項二号、同法施行令一条の二、昭和四六年一二月一〇日埼玉県公安委員会告示第二八〇号に、酒酔い運転の点は、道路交通法六五条一項、一一七条の二第一号に、免許証不携帯の点は、同法九五条一項、一二一条一項一〇号にそれぞれ該当するところ、右の酒酔い運転と免許証不携帯とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により重い酒酔い運転の罪の刑で処断することとし、速度違反の罪および酒酔い運転の罪につきいずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い酒酔い運転の罪の刑に同法四七条但書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内において被告人を処断すべきものである。そこで犯情について考察すると、本件の事実関係は、原判決が認定判示するとおり、被告人が原判示日時ごろ、原判示道路において、運転免許証を携帯せず、かつ酒に酔い、その影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、普通乗用自動車を運転し、その際最高速度八〇キロメートル毎時と指定された同道路を右最高速度を四八キロメートル毎時超過する一二八キロメートル毎時の速度で走行したというものであつて、犯罪の性質、態様は危険、悪質であり、また関係証拠によれば、被告人は、事件当日知人らとゴルフをしたあと酒を飲んだうえ本件自動車を運転走行したものであることが認められ、被告人が本件運転をするに至つたいきさつについて特段酌量すべき事情は見当らないのみならず、被告人は、昭和四七年に運転免許を取得後本件までの間に、本件と同種事案である速度違反、酒気帯び運転などを再三くり返し、そのため罰金刑三件、反則金納付七件の前科、前歴があるのに、さらに本件犯行をくり返えしたもので、その遵法精神の欠如は著しいといわざるを得ず、これらを合わせ考えれば、被告人の刑責は重大である。しかし、反面、被告人が本件後運転手を雇い入れて被告人所有の自動車を運転させていること、被告人が実刑に服することになると、今日まで築いてきた社会的地位、信用を失うのみか、被告人経営の会社の従業員および被告人の妻子の生活に深刻な影響を与えること、被告人は本件を深く反省し、飯能市社会福祉協議会に二〇万円を寄付していること等、被告人に有利な事情も認められるので、これら一切の情状を総合考慮したうえ、前記刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 綿引紳郎 裁判官 藤野豊 裁判官 鈴木勝利)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例